日本よくなる応援
「与える」を学ぶ
木村俊介
「わざわざここまでやってくれるなんて、あの店の人は、こちらの気持ちをわかっているなぁ!」
そう思って、買う側も売る側も心が動く。それが、今の時代にこそ改めて開拓できる「商売」なんじゃないか。そこを「日本よくなる応援」では見つめています。
「要は、当たり前に見える作業をそのままやるのではなく、お客さんに喜んでもらうためにとことん考え抜けば、状況も変わっていくということですね……」
これは、つい先週、ある大学の湘南キャンパスにておこなわれた、ここの欄でも長らく「学校では教えてくれない社会の授業」を連載してきた桑名伸代表コンサル(以下、桑名さん)の講義で話された内容です。
今回も、前回に自己紹介をさせてもらったぼく(木村俊介と言います)が記しているのですが、取材の仕事をしているのを生かし、講義を現場からお伝えしてみますね。
こわがらず、与える側になろう
桑名さんは、授業のはじめに質問をしました。
「みなさん、人間はどうして損をしてしまうか、わかりますか……?」
得をする人がいるからですか、と学生が答えます。人はミスをするからと別の学生も答えます。
「いい線をついている。掘り下げましょう。なぜ得をする人と損をする人に分かれるのか、なぜミスをするのか、と」
ある学生は、部屋で簡単に筋トレできるボールを買ったつもりが、ぜんぜん使わなくなって損をしてしまったという体験談を喋ってくれました。
「それって、得をしようとしたからでしょう?」
「……間違いないです」
「そうなんです。損する前って、人はたいてい、得をしようとしている」
誰でも、損はしたくない。得をしたい。でも、得する人はひとにぎり。
うまくいかないとき、人はすぐ得をしようとする。でも、その時間で資格を取るなど、地道でも未来に投資する活動をしていたらよほど有意義だったことはないか、と。
「長期的には、近くの損が遠くの得になることもある。その逆もある。損得には、うねりがある」
そこでどうするか、という話にもなりました。
「何を学ぶのか。誰に会うのか、どこに行くか。すべてを損得のうねりのプロセスとして見よう」
そして、「わたしは商売人なので、そこからしか言えない学びをお伝えします」と前置きした上で、講義では「市場」や「お客さん」を見つめることが薦められました。
それはどんな目線か。自分の言動を受けとめる人を「市場」や「お客さん」と想像して、何を与えられるか意識しよう、ということのようです。
全員が、得をしたい。ならば、得をさせてくれる人のことは好きで、良くしたいと思う。これが組織の中でも給料を上げるための基本だ、と桑名さんは言います。企業を得させる人に、会社は高いお金を払うと。
「喜びを提供する。それが商売力です。人の心に潤いをもたらします。
人に喜びを与えられる人には一定の確率でファンがつくので、絶対に得をしますよね」
与えた喜びに対して、無反応な人もいる。それを損したと思うよりも、この人はもらうばかりの人だなぁとわかった、と思えばいいんです、という説明もありました。
「もらうだけ」ではないのが「学び」?
学生から、質問の声も上がりました。
「商売という考え方が新鮮で面白かったです。たくさんの社員さんがいる中で、その考えを共有して、実際のお客さんに実践するのはかなり難しいと思いますが、そのために工夫していることはありますか?」
桑名さんは、いい質問ですねぇと言いながら、まずは「難しい」という言葉に反応しています。
「難しいというのも大事です。簡単なら誰でもやれて、そのうち競争が激しくなってほとんどの人が負けて損をしていく。だから、難しい方がいい機会で、わくわくする」
そして、桑名さんの企業には「商品の開発者がお客さんに電話をする」という習慣がある、との具体例が語られました。
「その建て付けで仕事に対する考え方が変わる。
データやデザインをつくる担当者が、お客さんから直に『ありがとう。使いやすくなった!』なんて言ってもらう中で、志が高くなる。自分たちの仕事は、お客さんをどう喜ばせるか、なのだと」
喜びを渡す。お客さんの商品への思いが強くなり、喜びは戻ってくる。お客もお店も得をする。
喜びを増やし合うなら得は「損する誰かから奪う」のではなく、湧き水のようにあふれて、与え合うことにもなる。
すると、仕事はなるべくしないで済むように、と嫌がるものでもなくなる。物心両面で自分も周囲も豊かにしてくれるものにもなりうる。稼ぐことが喜びを積み上げる。
楽しみを「もらおう」とする姿勢から、喜びを「与える」ことを自分からはじめるうちに、周囲が変わる。暗記してもすぐ忘れてしまうタイプの「勉強」ではなく。自転車の乗り方のように、身につけたらずっと使える「学び」として。講義では、そんな商売の秘訣からも、「与える姿勢」が伝えられたのでした。
お客さんの前だから学べることは
桑名さんは、お客さんの前で失敗した経験こそ「学び」と言っていました。最後に紹介します。
「わたしにとっては、営業の現場こそが学びの宝庫でした。たとえば、思わせぶりなことを言うとロクなことが起きない。できると思います、と言ってできないと『思います』のところで『絶対ではない』と言ったつもりでも、お客さんは怒ると、わかりました」
難しいです、できないと思うんですと言ったほうが良かった、という。
「その上で、もしできたら途中経過も言わず、できた時点で持っていって『できるようになりました!』と言えば、お客さんは、どれだけ喜んでくださるか。
事前に電話をかけるのでもなく、すぐ行って『できないと思ったらできました!』と伝える驚きを喜んでもらわないと。学ぶべきは人の心で、時代が変わっても生かせることなんです」
木村俊介
取材者。著書に『インタビュー』、聞き書きに『調理場という戦場』(斉須政雄)など。
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