【2022年6月25日号】朝夷奈切通には数々の伝説があります

鎌倉は三方を山に囲まれて、他地域との往来は山越えしかありません。
山の尾根を切り開いたのが“切通”です。
鎌倉には七口あり、その一つが鎌倉と金沢を結ぶ“朝夷奈切通(あさいなきりどおし)”です。
和田義盛の三男の豪傑で知られた“朝比奈三郎義秀”が一夜にして切り開いたという伝説があり、朝比奈切通の名前の起こりです。
国史跡としての名称が“朝夷奈”で通称は朝比奈です。

朝夷奈切通
鎌倉駅からバス乗車「十二所神社」下車徒歩10分

 

太刀洗川に沿う梶原太刀洗水の伝説
切通を鎌倉口から入ると左手岩肌から湧き出ています

 梶原景時は寿永2年(1183)に源頼朝の命令で上総広常を討ちます。
幕府開幕に大功績のあった広常を討ったあとに、景時は、この水で太刀の血のりを洗い流したという話が伝わっています。

原太刀洗水

 

朝比奈三郎義秀の武勇
母は木曽義仲の愛妾(あいしょう)だった巴御前…

巴御前は義仲死去後に和田義盛の妻となり、三郎義秀を産んだとも伝わります。
義秀の武勇は多く、『吾妻鏡』に2代将軍源頼家の前で海にもぐって鮫3匹を捕えてみせたとあります。
義秀は和田一族の所領安房国朝夷郡で育ったので朝比奈を名のっています。
切通の途中には義秀にゆかりの“三郎の滝”が流れています。

三郎の滝

 

上総介広常屋敷跡と上総介塔

“三郎の滝”を少し上ると左手に平坦な土地があります。
上総介広常の屋敷跡といわれています。
切通を横浜口に到着すると大通りにでます。
その向かい側には“上総介塔”が祀(まつ)られています。
広常の供養塔と言われています。
朝夷奈切通には鎌倉殿の御家人にゆかりの逸話が伝わっています。

上総介塔

 

かん治さん

「鎌倉検定は1級で お酒は2級を飲んでいまして、プレゼントをいただきますと喜んでサンキュウと言っています」がお決まりの自己紹介。
「鎌倉ガイド」としても活躍する湘南通のアマチュア落語家。

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