

(鎌倉駅下車徒歩13分)
鶴岡八幡宮には“白旗神社”(鎌倉市)が鎮座します。
秀吉は天正18年(1590)7月、小田原北条氏を滅ぼすと、奥州平定へと向かいます。
途中、鶴岡八幡宮に参詣した後、境内の“白旗神社”に祀(まつ)られる頼朝の木像に話しかけます。
「逆境から天下を取ったのは御身(頼朝)と吾(秀吉)の二人だけ。御身は名門の出で吾は系図もない身から天下をとったので功績は吾の方が勝っている」と木像の肩をたたいたといいます。
東京国立博物館に収蔵の源頼朝坐像
◆頼朝像は白旗神社に安置の像と伝わります
東京国立博物館に収蔵されている源頼朝坐像(国重文)は、鶴岡八幡宮境内の白旗神社に安置されていたものと伝わります。
狩衣(かりぎぬ)姿で笏(しゃく)をもち、高い烏帽子(えぼし)姿、両脚を倒した威厳のある姿の像です。
像高90.3cmで木像、彩色、玉眼入りです。

鶴岡八幡宮の例大祭の流鏑馬神事
◆“丙午”の年に頼朝は“西行”から流鏑馬の古式を聞きます
毎年例大祭の9月16日に小笠原流流鏑馬(やぶさめ)を奉納。
馬上の射手(いて)が、流鏑馬道に配した3つの的を狙います。
文治2(1186)年丙午(ひのえうま)に、頼朝は西行法師(元は北面の武士)から「流鏑馬」の古式を聞き出し、翌年の8月15日の放生会で初めて流鏑馬を奉納しています。

白旗神社のご祭神は頼朝と源実朝です
元は頼朝だけを祀る白旗神社が鶴岡八幡宮本宮西側に鎮座して頼朝像を安置していました。
明治20年(1887)には八幡宮裏参道にあった実朝を祀る“柳営社(りゅうえいしゃ)”を合祀(ごうし)し現在の場所に遷座(せんざ)されました。
白旗神社は頼朝と実朝の父子が御祭神です。
かん治さん
「鎌倉検定は1級で お酒は2級を飲んでいまして、プレゼントをいただきますと喜んでサンキュウと言っています」がお決まりの自己紹介。
「鎌倉ガイド」としても活躍する湘南通のアマチュア落語家。


