

(鎌倉駅西口から徒歩10分)
建長寺(鎌倉市)の裏山には、建長寺の鎮守で、半僧坊大権現が祀(まつ)られています。
半僧坊へは建長寺の堂宇(どうう=堂の建物)や塔頭寺院を通りすぎて、250余段のつづら折りの石段を上っていきます。
周辺では大天狗1体(大きい像)、烏(からす)天狗11体(大きい像1体と小さい像10体)の計12体が見られます。
霊験あらたかな半僧坊は多くの参拝者があり、天園ハイキングコースの起点として行き交う人々が多く見られます
この辺りは「飢渇畠」と呼ばれる刑場の跡でした
◆問注所で死罪を言い渡された罪人はここで処刑されました
昔、この辺りは、荒れ果てた飢渇畠(けかちばたけ)とよばれる刑場の跡でした。
近くの北側にある「問注所」で死罪を言い渡された罪人は途中の「裁許橋(さいきょばし)」を渡り、ここで処刑されたと伝わります。
そのため、処刑された罪人供養のために六地蔵が祀られたようです。

六地蔵の“前だれ”は季節に合わせて衣替えをしています
◆2月は梅柄の前だれを着ています
正月は “被布(ひふ)”、早春は “梅”、春は “桜”、初夏は “菖蒲(しょうぶ)” “紫陽花(あじさい)”、夏は “貝” “魚”、初秋は “菊”、晩秋は “紅葉” 等々、季節に合わせて衣替えをしています。
地元の「六地蔵保存会」の皆さんが協力して保存に力を合わせています。

六地蔵の後ろには松尾芭蕉の句碑が立ちます
六地蔵の後ろに芭蕉の有名な「夏草や つはものどもが 夢の跡」の句碑が立ちます。
この句は「奥の細道」の中にあります。
芭蕉は元禄2年(1689)5月に、源義経終焉(しゅうえん)の地・奥州平泉の高館(たかだち)に行き、杜甫の「国破れて山河在り、城春にして草青みたり」の詩を取り入れて詠んでいます。
句碑は、江戸時代に雪ノ下に住み、旅館“吾妻屋”を営む俳人松尾百遊が芭蕉をしのんで立てています。
かん治さん
「鎌倉検定は1級で お酒は2級を飲んでいまして、プレゼントをいただきますと喜んでサンキュウと言っています」がお決まりの自己紹介。
「鎌倉ガイド」としても活躍する湘南通のアマチュア落語家。

