遊行寺の梵鐘(ぼんしょう)は延文元年(1356)に平和を願って鋳造されましたが、同寺は永正10年(1513)、兵火のために全山焼失。
この時に北条早雲によって戦利品として分捕られ小田原に持って行かれます。

(笑風亭かん治)

 

 

故郷に戻った釣鐘

遊行寺の梵鐘
遊行寺の梵鐘

慶長12年(1607)遊行寺は伽藍(がらん)再興されますが梵鐘は不在。
藤沢大鋸の中里八郎左衛門理安が小田原城主と談判をし新しく鐘を造って交換して遊行寺本来の釣鐘を引き取って寺に寄進します。
寛永3年(1626)12月下旬、100年ぶりに故郷に戻り、現在に伝わっています。

 

創作落語「鐘の音」

境内の一遍上人像
境内の一遍上人像

藤沢の大店(おおだな)の主人の言いつけを勘違いして鎌倉の寺々の「鐘の音」を聞いてきた奉公人の定吉はにわかに「鐘の音」通に?
店に帰ると遊行寺の鐘の音が聞こえますが1回しか聞こえない。
定吉は遊行寺は一遍上人ゆかりの寺なのでイッペンしか聞こえないと言い、また今週は鐘の音は良くないが、来週はとても良い鐘の音が聞けると言います。

主人「そりゃ、またどうしてだ」

定吉「はい、遊行寺の宗旨はジシュウ(時宗・次週)でございますから」

 

宗祖・開山・開基は?

遊行寺の本堂
遊行寺の本堂

遊行寺の正式名称は藤沢山無量光院清浄光寺です。
時宗の総本山で一遍上人が宗祖で開山は遊行4代他阿呑海(たあどんか
い)上人。
開基は呑海のお兄さんで俣野五郎景平(またのごろうかげひら)です。
この兄弟が遊行寺を創建したのが正中2年(1325)のことです。

 

 

かん治さん

「鎌倉検定は1級で
 お酒は2級を飲んでいまして、
 プレゼントをいただきますと喜んでサンキュウと言っています」
がお決まりの自己紹介。
「鎌倉ガイド」としても活躍する湘南通のアマチュア落語家。