

鎌倉駅から徒歩16分
楞厳(りょうごん)山妙法寺は日蓮聖人が鎌倉での布教のために草庵(そうあん)※を結んだ地に建ちます。
開山は日蓮で、5世日叡(にちえい)上人が、亡き父・護良(もりよし/もりなが)親王の菩提(ぼだい)を弔うために再興。
境内には肥後熊本城主・細川候寄進の本堂、水戸家寄進の法華堂などがあります。
鎌倉の“苔寺(こけでら)”と呼ばれて親しまれています。
境内の裏山西側には日叡とその母(南の方)の墓が、東側には父・護良親王の墓があります。
※草庵を結ぶ…粗末で質素な小さな家を建てて住まうこと
日蓮の松葉ヶ谷御小庵の跡に建ちます
◆この地には元は日蓮が開山の本国寺がありました
この地には日蓮が開山した「本国寺」が建っていました。
後年、本国寺は京都に移ります。
そこで、護良親王の遺児日叡が延文2(1357)年に伽藍を再興します。
日叡の幼名が楞厳丸、房号が妙法房で、現在の山号寺号(さんごうじごう)となったと伝わります。

仁王門から法華堂に向かう“苔の石段”が参拝者を和ませます
◆石段全体に広がる鮮やかな苔が見事です
山門や仁王門が朱塗りになっているのは、魔除け、参拝者の安全を守る意味があります。
仁王門から法華堂に向かう“苔の石段”が参拝者を和ませます。
当寺が「鎌倉の苔寺」といわれる由縁です。
石段全体に広がる鮮やかな苔が見事です。

松葉ヶ谷には那須与一の邸があったと伝わります
“松葉ヶ谷(まつばがやつ)”は名越に含まれる地域で、妙法寺・安国論寺・長勝寺がこの地に建ちます。
いずれも、日蓮が建長5(1253)年に草庵を結んだ本国寺旧跡と伝わります。
また、源平合戦の屋島の戦いで名をはせた那須与一の邸があったとも伝わります。
那須与一は平家側が掲げた扇の的を見事に射落した逸話が有名です。
この地には弓の稽古をする「的場(まとば)」があり、「的場ヶ谷」がなまって「松葉ヶ谷」となったと伝わります。
かん治さん
「鎌倉検定は1級で お酒は2級を飲んでいまして、プレゼントをいただきますと喜んでサンキュウと言っています」がお決まりの自己紹介。
「鎌倉ガイド」としても活躍する湘南通のアマチュア落語家。


