英勝寺は浄土宗で、現在の鎌倉で唯一の尼寺。
祠堂(しどう)は開基・英勝院の位牌(いはい)を祀(まつ)る建物で、水戸家初代徳川頼房の子、徳川光圀によって建立されたようです。
日光東照宮を思わせる鮮やかな彩色装飾が施されていて、祠堂は保護のため鞘堂(さやどう)で覆われています。

日光東照宮といえば左甚五郎が彫った「眠り猫」が有名ですね。
今回は新年にふさわしく今年の干支(えと)「ネズミ」に関する話も紹介します。

英勝寺
鎌倉市扇ガ谷1-16-3
鎌倉駅西口から徒歩10分

 

 

徳川家と太田家の家紋を組んだ紋が通用門に

英勝寺の通用門
英勝寺の通用門

英勝寺の通用門には徳川家の三葉葵と太田家の桔梗を組んだ紋があります。
英勝院は太田道灌の子孫で、徳川家康の側に仕えて、後に徳川頼房の養母となりました。
そののち、寛永13年(1636)に三代将軍家光から譲り受けた先祖の土地に、英勝寺を創建しました。

 

仏殿屋根の軒下の彫刻

英勝寺の仏殿
英勝寺の仏殿

境内には江戸時代の名建築が多く残っており、鎌倉では唯一の袴腰鐘楼(はかまごししょうろう)、内部の装飾も見事な仏殿、平成23年(2011)に復興した気品ある山門など、見どころは豊富です。
境内の建築物のほとんどが重要文化財として指定を受けています。

仏殿屋根の軒下の蟇股(かえるまた)には十二支の彫り物があります。
そのひとつ、ネズミの彫り物が下の写真です。

 

落語「ねずみ」

左甚五郎は彫り物の名人。
奥州仙台に旅し、「ねずみ屋」という小さな旅籠に泊まります。
ここの主人は、以前は向かいにある仙台一大きい「虎屋」の旦那でしたが、番頭に乗っ取られ大変な苦労をしています。
甚五郎はねずみ屋の父子のため、ネズミの彫り物を作る。
するとネズミがちょろちょろ動くことが評判になり、お客さまが大勢泊まるようになり繁盛します。
しかし、その後に別の彫物師が彫った虎屋のトラの彫り物を見てから、ネズミが動かなくなってしまいます。

甚五郎「どうして、あんなトラが怖いんだい」

ネズミ「ええ、あれトラですか?
    あたしはネコだと思ったんです」

仏殿軒下の蟇股のネズミ
仏殿軒下の蟇股のネズミ

 

 

かん治さん

「鎌倉検定は1級で
 お酒は2級を飲んでいまして、
 プレゼントをいただきますと喜んでサンキュウと言っています」
がお決まりの自己紹介。
「鎌倉ガイド」としても活躍する湘南通のアマチュア落語家。