安国論寺(大町)は安房国(現在の千葉県南部)から鎌倉入りの日蓮聖人が草庵を結んだ所といわれています。
寺伝によると日蓮は本堂正面にある「御法窟(ごほうくつ)」で、国の安泰と人々の幸せを願い『立正安国論』を執筆。
また、花の寺としても知られる境内には、日蓮の桜の杖(つえ)が根付いたと伝わる妙法桜やサザンカがあり、いずれも鎌倉市の天然記念物に指定されています。
“御小庵”は奥にある御法窟の拝殿です
◆尾張徳川家から寄進されたお堂
本堂正面にある御小庵(ごしょうあん)は御法窟に向かって、お経を上げるためのお堂です。
江戸時代末期に尾張徳川家の寄進によるもので総欅(けやき)造りです。御小庵と御法窟とは渡り廊下でつながっています。
この御法窟で日蓮は『立正安国論』を執筆したと伝わります。なお、どちらも現在非公開です。
富士見台からは鎌倉の街等が一望できます
◆日蓮が富士山に向かってお題目を唱えたと伝わります
御小庵手前にある“熊王殿”右側の急な石段を登ると、富士見台があります。ここからは由比ガ浜や鎌倉の街が一望でき、晴れた日には富士山も見られます。
日蓮はここで富士山に向かってお題目を唱えていたようです。さらに進むと、鐘楼~南面窟~本堂へと戻る周回ルートになっています。
観音堂地下には鎌倉時代後期の遺構が保存
本堂の北側に隣接し、平成27年(2015)に落慶(落成のこと)した観音堂。
この地下には、観音堂建設の発掘調査時に発見された鎌倉時代後期の武家屋敷の遺構が保存されています。
この調査により、13世紀には人の手が加えられ、14世紀には大規模な造成が行われていたことが分かり、現代へとつながる造成の痕跡となっています。
また、古瀬戸壺(こせとつぼ)や鉄製壺、砥石(といし)などが、一括で出土しています(非公開)。
かん治さん
「鎌倉検定は1級で お酒は2級を飲んでいまして、プレゼントをいただきますと喜んでサンキュウと言っています」がお決まりの自己紹介。
「鎌倉ガイド」としても活躍する湘南通のアマチュア落語家。