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報国寺本堂 鎌倉市浄明寺2-7-4
(バス停「浄明寺」下車徒歩3分)

報国寺は臨済宗建長寺派の寺院です。
境内に約2千本の孟宗竹(もうそうちく)が生い茂る竹林があることから“竹庭の寺” としておなじみです。
寺伝によれば、建武元年(1334)、足利尊氏の祖父足利家時を開基として、天岸慧広(てんがんえこう:仏乗禅師)を開山に開かれました。
寺宝の慧広自筆の詩集「東帰集(とうきしゅう)」は国の重要文化財です。

本尊“釈迦如来坐像”は宅間法眼作と伝わります

◆禅定印を結び、瞑想している姿を表しています
本尊の釈迦如来坐像は南北朝時代の仏師・宅間法眼(ほうげん)作と伝わり、本堂に祀(まつ)られています。
蓮華座(れんげざ)から衣が長く垂れる姿が特徴です。
禅定印を結んで、坐禅時の瞑想(めいそう)をしている姿を表しています。
木造、鎌倉市指定文化財です。

本尊・釈迦如来坐像(写真提供:報国寺)

迦葉堂には迦葉尊者立像が祀られています

◆迦葉堂は近年に坐禅堂として造られました
迦葉(かしょう)尊者はお釈迦様の十大弟子の1人で頭陀(ずだ)第一と称されました。
頭陀とは頭陀行(ぎょう)のことで、衣食住の欲望を捨てて修行に励むことです。
尊者像は衣に華やかな彩色が施されて笑みを浮かべた表情です。
迦葉堂は昭和53年(1978)に坐禅堂として造られました。

迦葉尊者立像(写真提供:報国寺)



本堂裏の“やぐら”内の墓は足利家時と足利義久の墓等と伝わります

本堂裏の“やぐら”には開基足利家時、4代鎌倉公方足利持氏の嫡男義久の墓が安置されていますが墓の特定は確認できません。
6代将軍足利義教との戦い“永享の乱”で敗れた持氏は瑞泉寺門前の永安寺(ようあんじ=廃寺)で自害し、義久は報国寺で自刃しています。
この辺の谷戸は、源頼朝の命で京都から下向した絵師宅磨為久が住んでいたので“宅間ヶ谷”と呼ばれます。
為久は宅磨派の始祖で勝長寿院の壁画二十五菩薩図等の制作に携わっています。


かん治さん

「鎌倉検定は1級で お酒は2級を飲んでいまして、プレゼントをいただきますと喜んでサンキュウと言っています」がお決まりの自己紹介。
「鎌倉ガイド」としても活躍する湘南通のアマチュア落語家。