大巧寺本堂 鎌倉市小町1-9-28
鎌倉駅から徒歩3分

大巧寺(だいぎょうじ)は鎌倉駅のほど近くにある日蓮宗系単立寺院で“おんめさま”と呼ばれて親しまれています。
第5世日棟(にっとう)上人が天文元(1532)年に難産のために亡くなった産女の幽魂(ゆうこん)を鎮めました。
その関係で安産祈願の寺として広く知られています。本堂には、ご本尊の「産女霊神(うぶすめれいじん)」がお祀(まつ)りされています。

“大行寺”で戦評定を開くと大勝利をしたので“大巧寺”と改称

◆元は十二所にあった大行寺が始まりです
寺伝では鎌倉の十二所にあった大行寺(真言宗)が始まりです。
源頼朝が鎌倉入り後に大行寺での戦評定(いくさひょうじょう)を開くと合戦で大勝利をしました。
そこで頼朝は、この寺を“めでたい寺”だと寺名を“大巧寺” に改名したようです。

若宮大路沿いの薬医門

安産を願う妊婦さんが日本の国内外からお札を受けに来ています

◆境内に咲く季節の花々が参拝者の心を癒やしてくれます
同寺には、安産を願う妊婦さんが、日本全国および海外からも、お札(ふだ)を受けに参拝に来ています。
また、鎌倉有数の花の寺としても親しまれ、季節ごとに咲く多くの花々が参拝者の心を癒やしています。
花々には名前も記されていて、花名を覚えるのに大変役に立ちます。

境内に咲くハスの花



産女霊神の縁起とは…

日棟上人は毎朝本山妙本寺へ勤行(ごんぎょう)に上がっていました。
天文元年4月8日の事です。滑川に架かる橋を渡る時に鎌倉の大倉に住む秋山勘解由(かげゆ)の妻の幽魂が泣き悲しんでいました。
上人が訳を聞き、法華経を唱えると幽魂は姿を消します。
ある夜、勘解由の夢に亡き妻が現れて「お産で苦しむ人を救ってあげてください」と懇願があり、勘解由は上人に寄付をして、その謝金で産女霊神を祀るお堂を建てたと伝わります。


かん治さん

「鎌倉検定は1級で お酒は2級を飲んでいまして、プレゼントをいただきますと喜んでサンキュウと言っています」がお決まりの自己紹介。
「鎌倉ガイド」としても活躍する湘南通のアマチュア落語家。