【2021年3月13日号】成就院(極楽寺)は 3代執権北条泰時の創建

成就院は承久元年(1219)に鎌倉幕府3代執権北条泰時(開基)が北条一族の繁栄を祈願し創建。
この年は源実朝が暗殺され、天皇方が倒幕の動きを始めた時期でした。

元弘3年(1333)新田義貞の鎌倉攻めでは主戦場となり寺は焼失し、その後も戦火にあいます。
そのため、中世から江戸期までの数百年間、寺は極楽寺村内の西ヶ谷(にしがやつ)に移ります。

元禄元年(1688)に、中興の祖・祐尊(ゆうそん)が元の地に再建しました。

鎌倉成就院
鎌倉市極楽寺1-1-5
江ノ電「極楽寺駅」から徒歩5分

鎌倉成就院の山門と本堂(奥)

 

 

弘法大師が護摩壇で修法を行った地

境内には本尊の御分身他多くの像などが安置
本尊不動明王の御分身

この辺りは弘法大師が諸国巡礼の折に、数日間にわたる虚空蔵菩薩を祀(まつ)る修法を行った地と伝わっています。

本堂には本尊不動明王像や弘法大師像などが祀られています。
境内には不動明王の御分身、弘法大師像や奈良、法隆寺の夢殿を思わせる八角堂、文覚上人荒行像などが安置されています。

 

極楽寺切通は成就院山門前の高さまでの急坂

忍性(にんしょう)上人が切り開いた切通
参道のハギと由比ヶ浜を一望の絶景

鎌倉七切通の一つ「極楽寺切通」は極楽寺開山の忍性が切り開き、成就院山門前までの高さがあったと伝わっています。
煩悩の数と同じ108段の東側階段を上るにつれて煩悩も消えて清らかな気持ちになっていくようです。
石段を上りきった山門前から由比ヶ浜を一望する眺めは絶景です。

 

東日本大震災復興支援 “参道のアジサイの話”

成就院の東側参道は、以前はアジサイ(般若心経の文字数と同じ262株)が美しく、映画「男はつらいよ・寅次郎あじさいの恋」でも紹介。

そのアジサイは東日本大震災の復興支援の一環で宮城県南三陸町に寄贈されました。
現在参道のアジサイは以前より控えめに約50株で、他に宮城県の県花であるハギ(シラハギとミヤギノハギ)の花が100株ほど伸びてきています。

 

 

かん治さん

「鎌倉検定は1級で
 お酒は2級を飲んでいまして、
 プレゼントをいただきますと喜んでサンキュウと言っています」
がお決まりの自己紹介。
「鎌倉ガイド」としても活躍する湘南通のアマチュア落語家。

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