寿福寺(扇ガ谷・おうぎがやつ)境内周辺には、代々源氏ゆかりの館があり、その背後にある山なので“源氏山”と名付けられたようです。
昭和40年(1965)に自然公園として整備されました。
緑豊かな自然に囲まれ、園内には源頼朝像や広場などがあり、春には桜、秋には紅葉が楽しめます。
※印の写真提供は(公社)鎌倉市観光協会
JR鎌倉駅西口から徒歩25分
源頼朝像は鎌倉開府八百年記念に建立
今年は頼朝像完成から40年目
昭和55年(1980)は頼朝が鎌倉入りしてから800年目で鎌倉に頼朝像を建立しようと有志が実行委員会を結成し同年2月から準備を進め翌年の5月に完成。
国宝「源頼朝像」(京都神護寺所蔵)を資料に鎌倉市在住の彫刻家菱刈正夫さんが制作しました。
この頼朝像の顔は、頼朝旗上げの32歳の頃の若々しさを表現。
昭和54年に放映のNHK大河ドラマ「草燃える」で頼朝役の石坂浩二さんは神護寺の頼朝像を元にメーキャップしたようです。
源氏山公園の西北の麓にある仮粧坂
仮粧坂(けわいざか)は鎌倉七切通(きりどおし)の一つです
鎌倉は三方を山に囲まれ南は海です。
そして出入り口が七つあり「鎌倉七口又は七切通」と呼ばれています。
源氏山公園の近くの仮粧坂は新田義貞の鎌倉攻めの時には、ここが激戦地となるなど多くの戦いの舞台となりました。
落語 “長屋の花見”
世間が花見で賑(にぎ)わうなら、俺たちも花見を楽しもうという大家の肝いりで“むしろの毛氈(もうせん)”かついで、貧乏長屋の連中が上野の山へ花見に出かけます。
なにしろ、店(たな)賃を払わずに平気な顔をしている店子(たなこ)連中を連れていくとあっては、親同然の大家でも豪勢に散財という訳にはいきません。
たまご焼きの代用がたくあん、かまぼこが大根、肝心要の酒までが“お茶け”ときては、気勢があがらないが、皆で“お茶け”を持参で上野の山へやってきた。
「大家さん、この酒は渋口だね」
「この酒はどこだい、灘かい?」
「いやあ、宇治だろう」
「大家さん、近いうちに長屋にもいいことがありますよ、酒ばしらが立ってら」
かん治さん
「鎌倉検定は1級で
お酒は2級を飲んでいまして、
プレゼントをいただきますと喜んでサンキュウと言っています」
がお決まりの自己紹介。
「鎌倉ガイド」としても活躍する湘南通のアマチュア落語家。