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葛原岡神社 鎌倉市梶原5-9-1
(鎌倉駅西口から徒歩35分)
(画像提供:葛原岡神社)

葛原岡(くずはらおか)神社のご祭神は日野俊基(ひのとしもと)卿です。
俊基は後醍醐天皇に仕えた忠臣で、鎌倉幕府の倒幕に活躍。
正中元(1324)年の「正中の変」では、倒幕計画が発覚し俊基は捕えられ、鎌倉に送られて、後に赦免され京都に帰ります。
元弘元(1331)年に再度の計画が露見すると鎌倉に護送され、翌年この地で処刑されました。
後年に明治天皇は俊基をご祭神に葛原岡神社を創建。
鎌倉由比ガ浜の総鎮守です。

開運の神様・学問の神様として崇敬されています

◆俊基は鎌倉幕府の滅亡の1年前に処刑されます
鎌倉幕府の滅亡の1年前に俊基は最期を迎えました。
明治天皇は明治維新の先駆けとして俊基を深く慕い、明治17(1884)年には俊基の功績をたたえて従三位を追贈。
俊基は「建武の中興」の道を開き、同社は「開運の神様」また文章博士として能力を発揮し「学問の神様」として崇敬されています。

日野俊基卿の墓
(画像提供:葛原岡神社)

本殿の左側には俊基卿終焉之地があります

◆俊基は幼い頃から学問に優れていました
本殿の南側に「俊基卿終焉(しゅうえん)之地」と彫られた小さな石碑が建てられています。
俊基は幼い頃から学問の道に優れ、大変有能な人物でしたので、後醍醐天皇に見出されて優秀な側近として活躍しています。

日野俊基卿終焉の地
(画像提供:葛原岡神社)



同社例大祭は俊基卿命日の6月3日です

俊基は辞世の句を詠んでいます。
「秋をまたで 葛原岡に消ゆる身の 露のうらみや 世に残るらん」の一首を残して、元弘2(1332)年6月3日に、葛原岡で処刑されました。
同社の例大祭は、俊基卿命日の6月3日で、神前祭・墓前祭が執り行われます。
鎌倉の夏祭りは、同社の例大祭で幕開けです。
神輿渡御(みこしとぎょ)は同時期の日曜日にあり、神輿は由比ガ浜地区から繰り出します。


かん治さん

「鎌倉検定は1級で お酒は2級を飲んでいまして、プレゼントをいただきますと喜んでサンキュウと言っています」がお決まりの自己紹介。
「鎌倉ガイド」としても活躍する湘南通のアマチュア落語家。